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年収1000万でも自由とは限らない。男の富は「何ヶ月NOと言い続けられるか」で決まる

出口へ向かう空間と「富とは、拒否できるものの数だ。」の文字

年収で男の豊かさを測るのは、かなり雑だ。

年収1000万円。

聞こえはいい。

だが、その男が毎月70万円を使い、住宅ローン、車、保険、教育費、カードの支払いを抱え、口座に100万円しか残っていなければどうだ。

会社で理不尽なことを言われても辞められない。

取引先に舐めた条件を出されても切れない。

本当は行きたくない飲み会も、立場上断れない。

仕事を半年休んで新しいことを始めるなど、夢のまた夢。

金は流れている。

だが、人生はほとんど選べない。

逆に年収600万円でも、最低限の生活費が月20万円で、すぐ使える現金を600万円持っている男なら、単純計算で収入がゼロになっても30か月は生きられる。

どちらが金持ちか。

年収1000万円と600万円の拒否余命を比較した図

少なくとも「自分の人生を自分で決められる」という意味では、答えは年収だけでは決まらない。

オトコタルモノでは、富をこう見る。

富とは、買える物の数ではない。拒否できるものの数だ。

そして、さらに一歩進める。

男の自由は、こう計算できる。

拒否余命 = すぐ使える金 ÷ どうしても必要な月額支出

これは会計用語でも経済学用語でもない。

だが、自分の自由を測るには、年収よりよほど役に立つ。


目次

高収入になるほど、自由を失う男がいる

収入が増えれば自由になる。

普通はそう考える。

半分は正しい。

もう半分が危ない。

人間は収入が増えると、それに合わせて生活を大きくできる。

広い家。

高い車。

高額な保険。

子どもの教育費。

サブスク。

付き合う店。

服。

旅行。

ローン。

一つ一つは問題ではない。

問題は、それらが「来月も同じだけ稼がなければならない理由」へ変わることだ。

年収400万円だった頃は、月25万円あれば生活できた。

年収1000万円になり、月60万円必要な生活になった。

数字だけ見れば成功している。

だが実際には、以前より会社を辞めにくくなっていることすらある。

ここで起きているのは、生活水準の上昇ではない。

未来の収入への拘束が増えている。

高級車を買った瞬間に失うのは、購入代金だけではない。

その後のローン、保険、税金、維持費まで含めて、まだ働いていない未来の自分へ請求書を送っている。

つまり固定費とは、

未来の自分に出している命令書だ。

住宅ローンやカード利用明細、車の鍵が並ぶデスク

「来月も働け」

「嫌でも稼げ」

「止まるな」

そう書いてある。

この視点を持つと、金の使い方がかなり変わる。

100万円の時計より、100万円の現金の方が男を強くする時期がある

欲しい物を買うな、という話ではない。

そんな人生はつまらない。

欲望を殺してまで金を貯めるなら、それも別の種類の貧しさだ。

ただし順番がある。

例えば、手元資金がほとんどない男が100万円の時計を買う。

確かに時計は手に入る。

だが同時に、

「会社を辞める」

「嫌な客を切る」

「1か月休む」

「新しい仕事を試す」

という選択肢が遠ざかる可能性がある。

同じ100万円でも、手元に残っていれば意味が違う。

それは時計ではない。

NOを言うための弾薬になる。

上司から無茶な要求をされた。

「嫌なら辞めろ」と言われた。

口座残高3万円の男と、生活費1年分を持っている男では、同じ言葉を聞いても世界の見え方が違う。

片方にとっては脅迫になる。

もう片方にとっては、ただの選択肢になる。

金額が人間を強くするのではない。

「最悪、断っても死なない」という現実が人間を強くする。

ここを勘違いすると、男は一生「もっと稼げば自由になれる」と走り続ける。

だが収入が増えるたびに支出まで増やせば、自由は永遠に来ない。

男が最初に見るべきは「資産額」ではなく拒否余命だ

一度、自分の拒否余命を出してみればいい。

すぐ使える金を必要な月額支出で割る拒否余命の計算図

計算は簡単だ。

まず、見栄も娯楽も全部外して、

生きるために絶対必要な月額

を出す。

家賃または住宅費。

水道光熱費。

通信費。

食費。

保険。

ローン。

家族に必要な支出。

その他、本当に止められないもの。

仮に25万円だったとする。

次に、投資資産ではなく、必要ならすぐ使える金を見る。

250万円なら拒否余命10か月。

500万円なら20か月。

25万円しかなければ1か月。

この数字は、年収より残酷だ。

だが役に立つ。

なぜなら、自分が「どれくらい嫌なものを断れる男なのか」が見えるからだ。

ここで重要なのは、拒否余命を長くする方法が「もっと稼ぐ」だけではないこと。

月40万円必要な生活を30万円にできれば、同じ300万円でも7.5か月から10か月へ伸びる。

同じ手元資金300万円で必要支出を減らした際の拒否余命比較

100万円貯めるのと同じくらい、固定費を下げることにも力がある。

だから節約を「小銭を守る行為」とだけ考えると浅い。

削るべき固定費を削ることは、

未来の自分から外せる首輪を一つ減らすことだ。

削るなら、楽しみではなく「自動的に未来を拘束するもの」から削れ

ここで、多くの節約論がつまらなくなる。

コーヒーを我慢しろ。

外食を減らせ。

趣味を削れ。

欲しい服を買うな。

そんなことばかりやっていたら、何のために自由を作っているのか分からなくなる。

オトコタルモノが削るなら、最初に見るのは別だ。

一度契約すると、何もしなくても毎月自動的に金を奪うもの。

ほとんど使っていない高額プラン。

見栄だけで維持している車。

惰性で入り続けているサービス。

必要以上に膨らんだ住居費。

意味を理解せず払っている契約。

こういう固定費は、満足を生まないくせに、未来の選択肢だけを削る。

惰性の固定費と残すべき経験を比較した判断図

逆に、年に数回の旅行や、本当に欲しい服や、好きな女との食事まで全部削る必要はない。

金の目的は人生を細くすることではない。

自分が使いたいところへ使える状態を作ることだ。

節約の目的まで間違えるな。

本当の贅沢は「明日の予定を断れること」かもしれない

平日の朝にスマートフォンを伏せてコーヒーを持つ男性

金を持つと、人は何を買えるかを考える。

高級車。

時計。

家。

旅行。

女。

酒。

それもいい。

だが40代以降の男にとって、もっと重い贅沢がある。

「今日は働かない」

「その仕事は受けない」

「その人とは付き合わない」

「その条件なら要らない」

「一度全部止めて考える」

これを言えることだ。

若い頃は時間がある。

多少間違えても取り返せる。

だが年齢を重ねるほど、金以上に時間が重くなる。

すると、金の意味も変わる。

物を増やすためだけの金から、

嫌なものに人生を渡さないための金

へ変わる。

ここで初めて、金と自由がつながる。

年収が高いことを否定しているわけではない。

稼げるなら稼げばいい。

むしろ稼ぐ力は強い。

だが、稼いだ金をすべて生活水準へ変換した瞬間、その力は自由へ変換されない。

金を得たのに、金が必要な人生まで同時に作ってしまうからだ。

強い男は「いつでも降りられる場所」で戦っている

ここが一番重要だ。

会社員でもいい。

経営者でもいい。

結婚していてもいい。

住宅ローンがあってもいい。

責任を持つことと、自由を失うことは同じではない。

問題は、

「ここから降りたら終わる」

という場所を増やしすぎることだ。

辞めたら終わる会社。

切られたら終わる取引先。

別れたら終わる関係。

止まったら払えない生活。

一つしかない収入源。

それらが増えるほど、男は強そうに見えても、実際には選択肢を失っていく。

だから強い男が作るべきなのは、豪華な生活そのものではない。

逃げ道だ。

逃げ道というと弱く聞こえる。

だが違う。

出口がある人間だけが、入口を自分で選べる。

扉に手をかける男性と「断れる人間だけが、本当に選べる。」の文字

断れる人間だけが、本当にYESと言える。

辞められる男だけが、「ここで働く」と自分で決められる。

離れられる男だけが、「この人といる」を選べる。

金とは、その選択を可能にする道具の一つだ。

だから一度、年収を忘れてみればいい。

見るのは三つだけでいい。

最低限、月いくら必要か。

今すぐ使える金で何か月生きられるか。

毎月、自分の未来を拘束している固定費は何か。

この三つを知れば、自分の自由が数字になる。

欲しい物を買うのは、その後でも遅くない。

富とは、金庫の中にある数字ではない。

嫌なものに「NO」と言っても、自分の人生が壊れない状態だ。

そして男が本当に増やすべきなのは、所有物より先に、その状態なのだ。

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